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批判を気にしない方法

道は開ける

 『道は開ける』より

まず、私たちの多くは自分に向かって投げつけられる嘲笑や批判をあまりにも気にしすぎています。誰かがいつも自分のことを批判している、そう思いがちですが、実際には人は他人のことなどほどんど気にかけていません。

人間はみんな絶えず自分のことだけを考えています。他人が死んだというニュースよりも、自分の軽い頭痛のほうがよほど大問題なものです。なので必要以上に他人を意識する必要はありません。

 

ですが、生きていれば実際に不当な批判にさらされることもあります。そんなときはどう考えればいいのか?

 

「自分の心で正しいと思っているのなら、他人のいうことなんか気にする必要はない」

「自分の心の中で正しいと信じていることをすればいい。しても悪口を言われる。しなくても悪口を言われる。どちらにしても批判を逃れることはできない」

エレノア・ルーズベルト

 

人が生きている間、他人からの批判を完全に免れることは不可能です。何もしなければ批判されることはなさそうですが、その場合でも「あいつは何もしない」という批判を受けます。また誰かと仲良くすれば、別の誰かから批判されることもあります。

ですが不当な批判で傷つくかどうかは、自分自身で選択できます。

 

私たちにできるのは、ただ常に自分が正しいと思ったことをすること。あとは気にしないことしかありません。あらゆる批判を無視するというわけではありません。不当な批判だけを無視することです。

 

「ただ笑う」チャールズ・シュワップ

面と向かって不当な批判にさらされた時、どういう対応をすればいいのか。

そんなときは「ただ笑う」ことにしましょう。

食ってかかってくる相手には反論することもできますが、ただ笑うだけの相手には何も言えないものです。

 

最善を尽くそう。そのあとは古傘をさして、非難の雨が首筋から背中へ流れ落ちるのを防げばよい。

奉仕の心は悩みを解決するー2週間でうつを治すには

道は開ける

『道は開ける』より

「どうしたら他人を喜ばすことができるか、毎日考えてみることでうつ病は全快する」

ルフレッド・アドラー

精神分析アドラー博士はうつ病の患者に決まって上のことばを伝えたそうです。

うつ病とは他人に対する長期に及ぶ憤怒、非難のごときもの。とはいえ、保護、同情、支持を得たいがために、患者は自分の罪の意識に沈み込んでいるように見える。うつ病患者はどうしたら他人を悩ますことができるか、ということばかり考えている。

だからアドラー博士は「どうしたら他人を喜ばすことができるか」を考えるように伝えました。「一日一善」は他人ではなく、自分を悩みから解放してくれる。

 

他人への奉仕をとく言葉は、世界の様々な人から語られています。

「あなたの隣人を愛せ」キリスト

「私は奉仕する」イギリス皇太子の座右の銘

「善行とは他人の顔に歓喜の微笑みをもたらす行為である」ムハンマド

 

一日一善を実行すれば、他人を喜ばそうとすることによって、自分自身の悩み、恐怖、うつ病の根源となっているものについて考えなくなります。与えることにより、自分自身も幸福を感じることができます。人を助け、愛を分け与えることによって、悩み、悲しみ、自己憐憫を克服することができます。仲間に対して関心を持たない人間こそ、人生において最大の苦難に悩み、時には他人に最大の危害をもたらします。

 

「他人に対して善を行うとき、人間は自己に対して最善を行っている」ベンジャミン・フランクリン

「他人に善を行うのは義務ではない。歓喜である。それは行うものの健康と幸福を増進する」ゾロアスター

「自分のために命を得ようとするものは、それを失い、私のために命を失うものはかえってそれを得る」キリスト

自分のことしか考えない人間は、人生から多くを得られません。そんな人間は必ずみじめになります。他人への奉仕で自分自身を忘れる人間は、人生の喜びを見出すことができます。

 

人が短い一生から喜びを取り出そうと思うのだったら、自分よりも他人のために役立つように考えかつ行動すること。なぜなら自分に対する喜びは、自分が彼らに与える喜びと、彼らが自分に与えてくれる喜びによって決まります。

 

では実際にはどうすればいいか? 毎日顔を合わせる人々から始めてみる。コンビニ、スーパー、ガソリンスタンドなどに入ったとき、自分のほうから何か話しかけてみる。そこで働く人たちを機械の歯車としてではなく、一人の人間としてみて話しかけることから始めてみる。

 

他人に興味を持つことによって、自分自身を忘れましょう。毎日、誰かの顔に喜びのほほえみが浮かぶような善行を心がけましょう。それは結果として自分をも幸せにしてくれます。

話題のミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』を見てきました

映画・ドラマ・音楽

アカデミー賞の本命、『ラ・ラ・ランド』を見てきました。

ネタばれありの、感想です。

 

男はジャズの道を、女が女優の道を目指しています。そんな夢を追う二人の出会い、甘い時間、すれ違い、別れ、そしてその後は?ってお話です。

 

オープニングからミュージカル度全開。

でもその後は、二人の演技と音楽とダンスをじっくり見せてくれます。全キャスト集合的なのもなかったし。ダンスもしっとりとした、大人の感じ。

 

女に夢をかなえる絶好の機会が訪れたとき、男はそれを応援し、別れることを決める。

その後5年が経過すると、二人ともそれぞれの夢をつかむことには成功していたけど、二人の間はそれで終わり。

 

女は別の男性と結婚し、子供も誕生。女優としても認められ、幸せな日々を送っている。

男は念願のジャズの店をオープン。店名は自身がつけたかった名前ではなく、元彼女の女が考えた名前だった。

ラストシーンでは別れから5年後、別々の道を歩んだ二人が男の店でニアミス。

 

ラスト10分、男のピアノ演奏に合わせて、あの時の選択でこんな過去もあったかもが描かれて、観客としてはそれを期待するけど、現実は違う結果のままでエンディング。

 

シンプルなハッピーエンドではないのね、ってのが最後に思ったこと。・・・いやまぁ現実もすべては手に入らないけど。

個人的には二人の恋愛のハッピーエンドも見てみたかった。でもこの部分がこの映画の切なくていい部分なんだろうなぁ、と思います。

 

ラストでの男の笑顔が素敵で、観客としても救われます。

 

音楽はいいし、俳優さんたちもいい、ダンスもいい。

いい映画ですが、「むしゃくしゃした気分をリフレッシュ」したいかたにはちょっとかな。個人的はミュージカル映画には明るいエンディングを期待していたので、かなりもやもやが残る展開。見るわがが男か女でかなり感想が変わるかもしれません。

レモンを手に入れたら、レモネードを作れ

道は開ける

『道は開ける』より

「レモンを手に入れたら、レモネードを作れ」

レモンは海外では不快なものという意味があるので、日本的に言えば「マイナスをプラスに変える視点を持つ」といったところ。

 

私たちは何か失敗すると諦めてしまったり、投げ出してしまったり。そんなときかしこい人は「この不運からどんな教訓を学ぶべきだろう。どうしたら状況がよくなるだろう。どうすればマイナスをプラスに変えられるだろう」と考える。

 

刑務所の鉄格子から二人の男が外を見た。

一人は泥を眺め、一人は星を眺めた。

 

どんな状況でも心構えを変えることで、プラスにすることはできる。

「人生でもっとも大切なことは、利益を活用することではない。それなら馬鹿でもできる。真に大切なのは、損失から利益を生み出すこと」ウィリアム・ポーリー

 

 

私たちはどんな困難な状況におちいっても、マイナスをプラスに開ける努力をしなくてはいけません。その理由は二つ。

一つは、あきらめずに続けることで、ひょっとしたら成功するかもしれません。

もう一つは、たとえ成功しなくても、マイナスをプラスに変えようとするだけで、後ろを振り返らずに前を向くことができます。消極的だった考えが積極的になり、それが創造力を活動させ、私たちを多忙にし、過ぎ去ったものを嘆く時間や気持ちはなくなってしまいます。

自分を知り、自分に徹する

道は開ける

『道は開ける』より

「他人の真似をするな。自己を発見し、自己に徹しよう」

不安感、劣等感など、生きていると自分を他人と比べて、劣っていると卑下してしまうことがあります。そしてイライラしてしまったり、心配のあまり集中力をなくし、本来の力を発揮できなかったり。

 

そんなときは「どんな時も自分らしく振舞う」ことを意識してみましょう。

私たちは「自分らしくふるまう」ことができていません。順応できない型のなかへ自分自身をはめ込もうとして、イライラしたり、不安になったりしています。

誰もが他人になることはできません。あなたはあなたでしかない、自分らしく振舞うことで、初めて本来の力を発揮できます。

 

「我々は本来あるべき姿にくらべると、ようやく半分だけ目覚めた状態にすぎない。我々が利用しているのは肉体的にも、精神的にも、自分の資質のごくわずかな部分だけだ。大雑把ないい方をすれば、人間は自分の限界のはるか手前のところで生活している。彼は種々雑多な力を有しながら、いつも決まってそれを発揮しない」ウイリアム・ジェイムズ

 

自分が他人と違うからと言って、悲観する必要は全くない。あなたはこの世の新しい存在。この地球にあなたただ一人しかいない存在です。

他人の真似をしてみたり、優れた人たちの真似をしまくったところで、優れたあなたにはなれません。誰しもそれぞれに個性があります。それは生まれたばかりの赤子にさえもあることです。

自分自身の個性を知ることから始めてみましょう。

これまでの人生で誰かから褒められたことはなんだったのか? 器用さ? 丁寧さ? 思いやり? 

これまでの人生で、自分が得意だったことはなんだたのか? 事務作業? 絵を描くこと(デザイン)? 計算?

まずは自分の個性を知ることから始めてみましょう。

足りないものを数え上げるな、恵まれているものを数えてみよう

道は開ける

『道は開ける』より

お金、仕事、容姿など、私たちは自分に備わっているものをほどんど考慮せずに、いつもかけているものについて考えてしまう傾向があります。そして欠けているものを取り返すことに執着するあまり、現在もっているものを失う危険にさらすこともあります。幸福を願うなら、現在持っているものに集中し、それを広げていく努力をこそすべき。足りないものを取り戻すことにエネルギーを割くのは無駄です。

 

「人生には目標とするべきものが2つある。第1は自分の欲するものを手に入れること。第2はそれを楽しむことである。数ある人間の内でも、第2のことを実践できるのは賢者だけでしかない」ローガン・ピアソール・スミス

 

「あらゆる出来事のもっともよい面に目を向ける習慣は、年間1千ポンドの所得よりも価値がある」サミュエル・ジョンソン博士

「恩知らずを気にしない方法」感謝を求めない

道は開ける

『道は開けるより』

私たちが生活していると、誰かに何かの親切をしてあげることがあります。ですが、その親切に相手がお礼を言ってくれない時も。そんなときは正直がっかりしてしまいますし、場合によっては怒りを感じることもあるかも。

 

「感謝の心はたゆまぬ教養から得られる果実である。それを粗野な人々のなかに発見することはない」サミュエル・ジョンソン博士

 

人間は生まれつき感謝を忘れやすくできている生き物。だから絶えず感謝を期待していることは、自ら進んで心痛を求めていることになる。

だからいっそのこと「感謝など期待しない」でおこう。

そうすれば、たまたまほんの少し感謝されただけでも喜びとなる。また感謝されなくても、別にいらいらすることもない。

日々の暮らしで幸福感を感じたいなら、「恩知らず」などと考えずに、ただひたすら与えるという内面の喜びを感じていること。

 

また古今東西、昔からよくあるのが「うちの子は親への感謝の気持ちがない」という不満。

もし私たちの子供が恩知らずだとしたら、それは私たち自身に原因がある。感謝の気持ちを子供に植え付けるには、私たち自身がまず感謝の気持ちを持つ必要がある。

「子どもは早耳」といいます。

たとえば子供のいる前で他人の親切にケチをつけたくなったらすぐに口を閉じよう。子供のいる前で、他人への不満は言わないようにしよう。

また誰かに親切にされたら、きちんとお礼を言うように促しましょう。

 

そして自分自身も「他人の親切に感謝の気持ちを持っているか」を時々振り返ってみよう。誰かの親切にたいして、感謝の気持ちを伝えていないことが結構あるはず。